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神戸地方裁判所 平成6年(行ウ)17号 判決

原告

破産者株式会社シーシーエル 破産管財人(X) 田辺重徳

被告

神戸税務署長(Y1) 竹原功

右指定代理人

野中百合子

亀井幸弘

城米賢一

宮本博

水谷稔

被告

神戸市(Y2)

右代表者市長

笹山幸俊

右訴訟代理人弁護士

飯沼信明

樫永征二

主文

一  被告神戸税務署長がした平成四年一一月一一日付けの配当計算書による神戸市中央区長への換価代金等の配当処分を取り消す。

二  原告の被告神戸市に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告神戸税務署長に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告神戸市に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告神戸税務署長がした平成四年一一月一一日付けの配当計算書による神戸市中央区長への換価代金等の配当処分を取り消す。

二  被告神戸市は、原告に対し、金一七万二六〇〇円及びこれに対する平成四年一一月二〇日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の槻要

一  本件は、被告神戸税務署長が執行する滞納処分において、滞納者への破産宣告後に神戸市中央区長がした交付要求に対し、同被告が換価代金等の配当処分をしたという事実関係の下に、滞納者の破産管財人である原告が、右交付要求及び右配当処分は破産法七一条一項に違反するものであると主張して、被告神戸税務署長に対しては配当処分の取消しを求め、被告神戸市に対しては不当利得返還請求権に基づき、右配当金額と同額の金員及びこれに対する右交付を受けた日の翌日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による地方税法一七条の四所定の還付加算金の支払を求めた事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  神戸税務署徴収職員は、平成四年七月二三日、株式会社シーシーエル(以下「訴外会社」という。)の法人税等を徴収するため、訴外会社の多津己産業株式会社に対する建物賃貸借契約に関する保証金の返還請求権を差し押えた。

2  訴外会社は、同年八月一三日午前一〇時、神戸地方裁判所において破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任された。

3  神戸市中央区長は、被告神戸税務署長に対し、右破産宣告の後である同月一四日付け(同月一七日に同被告に送達)及び同月二六日付け(同月二七日に同被告に送達)の各交付要求書により、訴外会社の法人市民税等の交付要求(以下「本件交付要求」という。)をした。

4  神戸税務署徴収職員は、同年一一月一一日、差し押えていた右保証金返還請求権金五五二万九七三一円を取り立てた。

5  被告神戸税務署長は、同日、配当順位一位で同被告に金二〇七万三七八九円を、配当順位二位で神戸市中央区長に金一七万二六〇〇円をそれぞれ配当し、残余金三二八万三三四二円を原告へ交付する旨の配当計算書を作成し、同月一九日、右配当計算書に基づいて、神戸市中央区長に対して金一七万二六〇〇円を交付する配当処分(以下「本件配当処分しという。)をした。

6  原告は、被告神戸税務署長に対し、同日、本件配当処分に対する異義申立てをしたが、同被告は、平成五年二月一五日、右異義申立てを棄却する旨の決定をした。

そこで、原告は、国税不服審判所長に対し、同年三月一六日、本件配当処分に対する審査請求をしたが、右所長は、平成六年四月一二日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

三  争点

1  破産宣告前の差押に基づき滞納処分が続行される場合(破産法七一条一項)、他の租税債権者はこれに交付要求をすることができるか。

2  右交付要求が許されると解した場合、当該交付要求をした租税債権者は、当該滞納処分において、換価代金等の交付を受けることができるか。

3  原告は、被告神戸市に対して、不当利得返還請求権を有するか。

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件交付要求の効力)

(一) 原告の主張

破産法七一条一項の規定は、破産宣告前の滞納処分は破産宣告後も続行することができることを特に定めたものであり、破産宣告後に新たに滞納処分をすることは許されない(最高裁昭和三九年(行ツ)第四七号同四五年七月一六日第一小法廷判決・民集二四巻七号八七九頁参照)。

そして、本件のような場合に破産宣告後の交付要求を認めると、当該租税債権に優先権を与えたのと同じ結果となり、右規定が破産宣告前に開始した滞納処分に限つてその続行を認めたという趣旨に反する。

また、形式的にも、交付要求は「滞納処分」と題する国税徴収法第五章の第二節に定められており、しかも、破産法七一条一項は単に「滞納処分」と規定し、「滞納処分(交付要求を除く。)」(国税通則法四八条第一項)という形式をとっていない。

したがって、本件交付要求は、破産法七一条一項によって破産宣告後に新たにすることを禁止されている滞納処分に含まれるから、違法なものである。

(二) 被告らの主張

破産法七一条一項の規定は、破産宣告後には破産財団に属する財産に対して新たに滞納処分を開始することを禁止するにとどまり、既に行なわれている滞納処分に対する交付要求までをも禁じているものではない。

むしろ、本件のような場合には、租税債権者は、当該滞納処分を執行している執行機関に対して交付要求をしなければならないのであって、(国税徴収法八二条一項、国税徴収法基本通達四七条関係四一)、本件交付要求は適法なものである。

2  争点2(本件配当処分の効力)

(一) 原告の主張

被告神戸税務署長は、違法な本件交付要求に基づき配当計算書を作成し、本件配当処分をしたのであるから、本件配当処分も当然に違法である。

(二) 被告らの主張

国税徴収法は破産法の存在を前提として立法されているところ、同法一二八条ないし一三三条は、交付要求をした租税債権者に対する配当手続を規定しているから、当該租税債権者は、右規定によって、破産手続とは別の国税徴収法上の配当を受ける地位を与えられている。

そして、本件交付要求は適法なものであり、このような場合、滞納処分を執行している執行機関は、交付要求をした租税債権者に換価代金等を交付すべきである。

3  争点3(不当利得返還請求権)

(一) 原告の主張

本件交付要求は違法なものであり、被告神戸市は、本件配当処分において配当金額を受領する法律上の根拠を欠いていた。そして、右配当金額は破産管財人である原告に支払われるべきものであったから、原告は、被告神戸市に対して不当利得返還請求権を有する。

(二) 被告神戸市の主張

(1) 行政行為に基づいて不当利得が生じた場合には、その行為が無効であるか、又は違法として取り消されて、法律上の原因なく利得したことが公に確定しない限り、不当利得返還請求権は発生しない。

(2) 原告は、被告神戸市に対し、訴外会社の法人市民税等の支払義務を負担していたところ、本件配当処分により、原告の右法人市民税等の支払義務は消滅した。したがって、原告は、損失を被ったことにならない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件交付要求の効力)

1  破産法七一条一項の規定は、破産宣告前の滞納処分は破産宣告後も続行することができることを特に定めたものであって、破産宣告後に新たに滞納処分をすることは許されないと解するのが相当である(前掲最高裁昭和四五年七月一六日判決参照)。

しかし、このように解したからといって、租税債権が本来有している他の債権等との間の実体上の優先関係を否定するものではなく、右最高裁判決の趣旨は、破産宣告後に租税債権が弁済を受けるには、破産管財人による破産執行の一環としてなされる財団債権への随意弁済によらねばならないとするところにあるものと解される。

2  滞納処分においては、差押財産に係る質権等により担保される債権等も配当を受けうるところ(国税徴収法一二九条一項三号、四号)、質権を例にあげれば、当該質権設定前に法定納期限を抑えていた租税債権は当該質権の被担保債権に優先するとされている(同法一二九条五項、一五条、八条)。そして、差押財産に質権が設定されていた場合、破産宣告後に他の租税債権者から滞納処分を執行している執行機関に対する交付要求を一切認めないとすると、右質権設定前に法定納期限を迎えていた租税債権が本来有している右質権の被担保債権に対する優先関係が覆され、当該質権者は、破産宣告という偶然の事情によって思わぬ利益を受けるという不当な結果が生じる。

【要旨一】したがって、滞納処分の進行中に滞納者に対し破産宣告がなされた場合、破産宣告後に、他の租税債権者から滞納処分を執行している執行機関に対して交付要求をすることは許され、この場合、滞納処分を執行している執行機関は、交付要求に係る租税債権を配当表に記載し、その順位に応じて配当額を計算すべきである。

3  以上によると、本件交付要求は適法なものであり、これを違法なものであるとする原告の主張を採用することはできない。

二  争点2(本件配当処分の効力)

1  破産法は、債務者の総財産をもっては総債務の充足ができないという非常事態に当たり、各債権の満足を個々の債権者及び債務者の手に委ねるときには、ともすれば混乱状態を招き、不公正・不公平な結果を生じるという認識の下に、破産積権については、法律の定める手続であっても個別執行を許さず、公権力の介入により、債権者、担保権者、その他各種多様な利害関係人の利益を包括的に調整し、不正を防止し、行われた不正を回復し、財産を保全し、債権者間の平等を実現し、債務者に適切な保護を与え、経済一般への余波を食い止めることを立法目的としているものと解される。

そして、この立法目的を実現するため、破産法は破産管財人の制度を設け、破産管財人は、破産財団の管理、処分の権利を専有し、裁判所の監督を受け、債権者集会等の意見を尊重しつつも、独自の判断と責任の下に、破産財団の構成、財産の換価、破産債権の調査、配当計画の立案、実施、その他財団に関する訴訟、否認権行使による財団の増加等の諸事務を遂行するのであって、このことに徴すれば、破産法は、破産管財人をもって破産手続遂行のための中心的な機関とし、その広い裁量と責任の下に手続の円滑な進行を期し、もって、その目的の達成を図っているということができる。

2  破産法において、租税債権は財団債権とされており(同法四七条二号)、財団債権は、破産手続によらずに破産管財人から随時に弁済され、しかも、破産財団からまず弁済されるべきものとされている(同法四九条、五〇条)。

しかし、破産財団が財団債権の総額を弁済するのに不足であることが明らかになった時点以降は、同法四七条一号、三号に定める共益費用関係の費用を第一順位(最高裁昭和四〇年(オ)第一四六七号同四五年一〇月三〇日第二小法廷判決・民集二四巻一一号一六六七頁参照)、同条二号、四号ないし七号に定める財団債権を第二順位、その余の財団債権を第三順位として(同法五一条二項)、同一順位間では未弁済額に応じた平等弁済がされるべきである(同条一項本文)。

そして、右に述べた破産管財人の制度が設けられた趣旨からすると、破産財団が財団債権の総額を弁済するのに不足であることが明らかになったかどうかの判断は、もっぱら破産管財人に委ねられているというべきであって、事後的に破産管財人の善管注意義務違反を理由とする損害賠償請求がされることはともかく、破産手続中に他の第三者がこれに容喙することは原則として許すべきではない。

ただ、【要旨二】破産法七一条一項は、破産財団に属する財産に対し、国税徴収法又は国税徴収の例による滞納処分をした場合においては、破産の宣告はその処分の続行を妨げない旨定めている。これを、右に述べた破産管財人の制度が設けられた趣旨から考えると、右規定は、右原則に対する例外として、既に進行している国税徴収法上の手続を無に帰さないことをも考慮し、破産宣告前に自ら滞納処分に着手していた租税債権者にはその後も優先弁済受領権を保障する反面、破産宣告前に自ら滞納処分に着手していなかった租税債権者には右優先弁済受領権を認めず、破産管財人からの随意弁済にのみよるべきことを定めたものと解するのが相当である。

前掲最高裁昭和四五年七月一六日判決が、「破産法七一条一項は、破産財団に属する財産に対し、国税徴収法または国税徴収の例による滞納処分をした場合においては、破産の宣告はその処分の続行を妨げない旨定めており、右規定は、破産宣告前の滞納処分は破産宣告後も続行することができる旨をとくに定める趣旨に出たものであり、したがって、破産宣告後に新らたに滞納処分をすることは許されないことをも意味するものと解するのが相当である。」とするのも、右に判示したところと同一のものであると解することができる。

3  これに対し、被告らは、国税徴収法は破産法の存在を前提として立法されているところ、同法一二八条ないし一三三条は交付要求をした租税債権者に対する配当手続を規定しており、当該租税債権者は、右規定によって、破産手続とは別の国税徴収法上の配当を受ける地位を得たものと考えられるから、配当計算書に記載された配当金額は、当該租税債権者に交付されるべきである旨主張する。

しかし、次に述べる理由により、右主張を採用することはできない。

すなわち、第一に、前掲最高裁昭和四五年七月一六日判決が国税徴収法四七条について指摘しているのと同様に、同法一二八条ないし一三三条は、これと関連する同法及び国税通則法の諸規定をも併せ考えれば、滞納処分を執行している執行機関が金員を配当する一般の場合を定めたものにすきず、破産宣告がされたという特殊の場合に、交付要求をした租税債権者に、特に、破産手続とは別個に、国税徴収法上の配当を受ける地位までをも与えたものとは解されない

例えば、国税徴収法上、滞納者の動産でその親族その他の特殊関係者以外の第三者が占有しているものは、その第三者が引渡しを拒まなければ差し押えることができるところ(同法五八条一項)、その第三者の当該動産に対する占有権原が賃借権で、当該第三者が先払賃料を支払っているときには、当該賃料は一定の範囲で同法に定める配当を受けることができる(同法一二九条一項四号、五九条四項、三項)。しかし、右動産引渡し後で換価代金等の配当前に、滞納者について破産宣告があった場合、右先払賃料返還請求権は破産債権にすぎないから、破産法上は当該債権者に何ら優先権を認めることはできない。そして、国税徴収法が、このような場合にまで、当該債権者に破産手続とは別の国税徴収法上の配当を受ける地位までをも与えたとは到底解することはできず、この理は、破産法七一条一項により優先弁済受領権が認められない租税債権者に対しても、同様にあてはまる。

第二に、破産宣告前に自ら滞納処分に着手していなかった租税債権者にとって、破産宣告前に他の租税債権者が滞納処分に着手していたかどうかは、全く偶然の事情にすぎない。さらに、ある滞納者に対して滞納処分が開始したことは、特に本件のような債権の差押の場合には、他のすべての租税債権者が等しく知りうることではない。そして、このような偶然の事情によって、ある場合には国税徴収法による配当を受け、ある場合には破産管財人からの随意弁済にのみよるべきであるとするのは、破産財団が財団債権の総額を弁済するのに不足であることが明らかになったときには、当該租税債権者及び他の財団債権者が現実に取得しうる金額に明らかな差異を生じさせるから、債権者間の公平をも立法趣旨とする破産法の解釈として正当ではない。

4  以上によると、本件配当処分においては、神戸市中央区長には配当金額の優先受領権限がなく、右配当金額は破産財団に属するものであったというべきである。

そして、本件においては、滞納処分を執行している執行機関である被告神戸税務署長としては、滞納者が破産宣告を受けていること、本件交付要求が右破産宣告後のものであったことが明らかであったのであるから、交付要求に係る租税債権を配当表に記入した上で右配当金額を破産管財入である原告に交付する旨の記載を付し、現実にも当該配当金額を原告に交付すべきであった。

したがって、これに反してされた本件配当処分は、破産法七一条一項に反するものとして取消しを免れない。

三  争点3 (不当利得返還請求権)

1  被告神戸市は、行政行為に基づいて不当利得が生じた場合には、その行為が無効であるか、又は違法として取り消されて、法律上の原因なく利得したことが公に確定しない限り、不当利得返還請求権は発生しない旨主張する。

しかし、不当利得は、他の規定から生ずる結果が形式的に正当であるにもかかわらず、実質的に公平に反するときに、これを是正する制度であるから、行政行為の有効・無効とは関係がなく(最高裁昭和三五年(オ)第四四七号同三九年三月一六日第二小法廷判決・裁判集民事七二号一頁参照)、被告神戸市の右主張を採用することはできない。

2  【要旨三】争点2に対する判断で述べたように、被告神戸税務署長がした本件配当処分は取消しを免れないから、原告が被告神戸税務署長から当該配当金額の交付を受ける地位には何ら消長はない。

したがって、原告に損失が発生したとは解されず、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告神戸市に対する不当利得返還請求は失当である。

第四  結論

よって、原告の被告神戸税務署長に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告神戸市に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 永吉孝夫 伊東浩子)

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